最近はほとんど見なくなってしまいましたが1980年頃サイバーパンクというジャンルの近未来SF小説が盛んだった時期がありました。ウィリアム・ギブスンやブルース・スターリングといった名前を耳にしたことのある人も多いでしょう。そのスターリングの作品では共通して機械主義者と工作者という2大勢力が争っている近未来社会が描かれています。
どちらも人類が宇宙に進出するために肉体を改造しているのですが、肉体とハイテクの融合という方法をとったのが機械主義者、遺伝子工学を駆使して肉体そのものを改造して行ったのが工作者と呼ばれています。
今日、TBSで「筑紫哲也・立花隆、ヒトの旅、ヒトへの旅」という番組が放映されていました。「ロボット」「宇宙」「生命科学」「危機」という4つの分野で20世紀を振り返り、その先に広がる21世紀を探るという番組です。たまたまテレビをつけたらやっていたので、生命科学のパートだけしか見られなかったのですが、前半は肩の筋肉の微妙な動きに反応する3つの関節のある義手(腕)の話や脳の中に埋め込んだマイクロチップを通して脳波をコンピューターに送って筆談をする筋萎縮性側索硬化症の患者、眼球の奥に埋め込んだマイクロチップで失った視力を取り戻す話などが紹介されました。後半は神経伝達物質をつくる能力が無くなるためにおきるパーキンソン病患者の脳に中絶胎児の細胞を培養したものを注射して回復した例や豚に人間の遺伝子を組みこんで移植用の臓器つくる話、人工子宮の話、細胞に吸収される成分で出来た耳の形をしたスポンジ状の物質で軟骨の細胞を培養することにより耳を作る話などが出てきます。
どれも最先端の分野であり、これらの技術が一般的になるにはまだしばらくかかりそうではあります。現段階ではあくまでも目的は「治療」であり、失った体の一部や機能を「再生」するという範囲ですが、いずれ、遺伝子「治療」ではなく遺伝子「操作」をおこなった短距離ランナーがオリンピックで100mを制する時代が来るでしょうし、過去の全ての判例を頭に詰め込んだ裁判官の登場は十分考えられます。そういった時代に「人間」の定義はどうなるのでしょう。あるいは、人間の脳に匹敵するコンピューターが出来たらそれは人間と何が違うのでしょうか。
技術の進歩のスピードが加速度的に速くなっていることを考えると、スターリングの機械主義者と工作者の世界は僕が想像していたよりもずっと近くまで来ているのかもしれません。
1999/05/05